1月13日ノルマリアン

1月13日ノルマリアン

未分類

 しばらくの間一緒に実験を行うことになった大学院生は、既述の超エリート校エコール・ノルマル・シュペリウル(高等師範学校)ENS卒であったが、何故かとても計算に弱かった。私が鉛筆や暗算で行う計算も、電卓を用いなければできなかった。日本では自力で計算することを重視する一方、フランスでは論理的な考え方やディベート力を重視する文化があるからかもしれない。少なくとも論理的な考え方と合理的な実験手法に関しては、彼女の能力は私の比ではなかった。
 フランスのグランゼコール(フランスの最難関大学の総称)生の身長はそれ以外のフランス人のより10センチ高いそうだ。上流階級だけで婚姻を続け、庶民と200年もの間血が混ざらなかった結果らしい。彼女はバレー選手で背が180センチメートル近くあり、彼女の婚約者は2メートルくらいの身長があった。グランゼコールの中でも「ノルマリアン」と呼ばれるENSの学生、卒業生は、在学中から准公務員として給料をもらい、卒業後は一生国から手当が出るそうだ(現在でもそうであるかは不明)。優秀な学生にはこれくらいの経済的な支援をしないと、金融やビジネス界に行かず、地味な学術研究を続けてもらうことは難しいのである。また、努力した者、才能のある者への待遇は、日本以外の国ではこの程度が当たり前なのだ。そういう制度や価値観を日本社会が受け入れることは、まず不可能であろう。
 我々の研究室の生物物理チームは、インターンの学部生から教授まで、フランス人は全員ノルマリアンであった。世界中どこを探してもこんなにもずば抜けたエリートだけを揃えたチームは、研究業界では稀であろう。彼らの仕事の質の高さと生産性の高さ、集中力には驚かされた。午後6時には皆仕事を終える。休日出勤はまずありえない。彼らにとっては、夜まで働く、または休日も働くことは、勤務時間内に仕事を終える事ができないというマイナスの評価になるらしい。成果に関係なく、長く職場にいることが評価される日本の研究現場とは真逆である。また、彼らエリートにとっても、プライベートも仕事と同等に大切である。ある日の夕方6時頃、日本でいえば上司にあたるジョバンニに打ち合わせをお願いしたところ、「ノー! 僕の彼女が待っているのだ! あと10分でいかなければならない。僕らは今週1度しか会えていないんだ!」と情熱的に断れた。彼はイタリア人であったため、更にそういう傾向が強いのかもしれない。日本でもそういう上司と仕事がしてみたいと思った。
 上司であり、親友でもあるジョバンニは、世界で最も古い大学として、またイタリアで最も優れた教育機関として知られるボローニャ大学の文学部(理系ではない!)を卒業し、フランスに大学院生として渡り、原子核物理学で博士号を取得後、研究員として生物物理学に転向した奇才である。私もずいぶん分野を渡り歩いてきたが、文学から物理学、生物学という彼のキャリアには脱帽するしかなかった。彼が時折みせる奇抜なアイディアと天才的な直感は、このユニークなキャリア、経験の賜物なのであろうか。