1月10日キュリー夫人伝

1月10日キュリー夫人伝

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Curie一家by新田英之
 この頃、パリの自宅で私は毎晩のようにキュリー夫人伝やキュリー一家にまつわる書籍を読み漁っていた。当時102歳という高齢でご存命であったキュリー夫人の次女、エーヴ・キュリー著の『キュリー夫人伝』や、キュリー夫妻の長女で、夫婦でノーベル賞を受賞したイレーヌ・ジョリオ=キュリー夫妻の回想録、フレデリック・ジョリオ=キュリー(イレーヌの夫)に師事した湯浅年子先生著「パリに生きて」等。戦前、戦後のパリの様子、キュリー研究所の建物、空間や研究者達の営み、先達のパリでの生活を思い浮かべ、想像の中で追体験することが多かった。不思議なことに、これらの本を読みながらある種の郷愁に誘い込まれていた。時が流れても変わらない、濃い独特の文化の中で研究活動にいそしむ研究者達の生き様が、現在の自分の生活や経験、感じた事とあまりにも酷似していて、強い共感を得た。ある種の伝統の重みの中に身を置いている実感であったのかもしれない。また、パリとキュリー研究所周辺の建物は100年の時を経ても姿がほぼ変わらず残されているため、これらの書物にでてくる具体的な大学や劇場などの場所、道、建物、実験室や廊下に至るまで、まさしく自分が活動しているその場所であり、刻まれた歴史の重みの中で研究活動を行う機会に恵まれたことに対する重責と感謝の念を感じた。そして、キュリー一家の後進である私にここまで大きな共感を与えるほど、キュリー研究所内の環境も研究者達もパリも、変わっていないところが多いことに、ある種の歴史ロマンを感じた。
キュリー夫人がアメリカを訪問した際、記者達に私生活について質問攻めにあった時、「大切なのは人間(私)ではなく科学であるのに」とぼやいたそうである。研究一筋で生き抜いたキュリー夫人が、自身の私生活ではなく、研究の方が大切なのになぜ私生活ばかり質問されるのか、困惑したことは想像に難くない。しかし、視点を変えて「科学者は正しいことを言うが役に立つことは言わない」という科学者の職業的性質を言い当てた言葉を思い出し、それに従って自分なりに突っ込みを入れてみた。「世間は科学にではなく、あなたに興味があるのです」。