2009年7月18日~20日週末はローマ経由でアッシジへ

2009年7月18日~20日週末はローマ経由でアッシジへ

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この週末もイタリアで過ごすことにした。一番の目的は、リストが晩年滞在し、名曲「エステ荘の噴水」や「エステ荘の糸杉」を作曲するモチーフになった、ローマ郊外のティヴォリ(Tivoli)へ、そのエステ荘を訪れることであったが、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院に留学中のピアニストの友人との朝食でついゆっくりしてしまい、電車をのりすごしてしまい、その日のうちにエステ荘へは行けなくなってしまったため、時間の迫る中、とっさの判断でアッシジに直行することにした。
 結局は一泊二日のアッシジ観光になった。中学・高校と、フランスカトリック系の学校に通っていた時、中学時代に見たアッシジの聖フランチェスコの映画を鮮明に覚えていた。そのためか、アッシジの街並みや雰囲気自体が、映画でみたその雰囲気と重なり、趣深く感じられた。
 目玉は何といってもフランチェスコ寺院。聖フランチェスコの棺があり、ご遺体の前では敬虔なカトリック信者達が祈りをささげ、感涙の泣を流す人、声を出して泣き出す人さえいた。信者でなくても(特に私は幼稚園からキリスト教系の学校に所属していたこともあり)敬虔な心持ちになってしまう、そのような神秘的な空間だった。
 私にとってのもう一つの目玉、「小鳥に説教する聖フランチェスコ」のフレスコ画が、同寺院の壁に何百年も変わらずそこにある。19世紀にフランツ・リストがここを訪れ、このフレスコ画から得られたインスピレーションをもに、ピアノ曲「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」を作曲した。このフレスコ画との出会いのため、リストの最後の高弟であり、演奏スタイルもリストと酷似していたと伝わるロシア出身のピアニスト、アルトゥーロ・フリードハイムが演奏する「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」の録音を旅行中しばしば聴いていた。その演奏から得られるインスピレーションやイマジネーションを思い出しながら、その壁画の前にかなりの時間立ちすくんでいた。リストがここを訪れた時、何を感じ、何と言ったのだろうか。きっと、彼の敬虔な信仰心と、スターとして振る舞いたい欲求の双方が入り混じった、パフォーマンスのような言動をしたのだろうか。アッシジでの晩は、400年続くと言われる老舗レストランで、地元ウンブリア料理を食べ、翌日パリに帰り、短い週末が終わった。
 フランス人の同僚がこの旅程をこなす場合、恐らく5日から1週間の休みを取り、現地でゆっくり過ごしただろう。私もできるならばそうしたかったが、この時期の私はパリでの研究、イギリス王立化学会からの論文審査の依頼、ボストンでの次の仕事のための準備、更にはザルツブルグでモーツァルテウム音楽院の夏季講習を受けるためのピアノの練習とレッスンをこなさなければいけなかった。限られた時間内で自分が欲しい物、経験したいことをすべてこなすには、やはり優先順位の低い物を諦めるか、一つ一つに割く時間とエネルギーを分散させるしかないのである。それはフランス人の同僚達も、私も、人生トータルにおいては同じ条件の基で生きているのであり、あとはどの生活スタイル、生き方を自分の価値観に基づいて選択しているのか、ただそれだけの違いなのである。