6月17日シフラ協会@サンリス
休日。知人と午後からパリ郊外サンリス(Senlis)に向かった。フランスのゆったりした空気に慣れ親しんでいたためか、電車を逃してしまい、シャンティーからバスに乗り、サンリスについた時には午後5時を過ぎていた。
この街は伝説のピアニスト、ジョルジ・シフラが晩年を過ごしていた街であり、彼が再興したサン=フランブール参事会教会と、シフラ一家のお墓がある。私が小学校の頃、何気なく手に取って初めて購入したCDが、シフラが演奏するリストの作品集であった。当時はシフラがピアニストの名であることすら理解していなかったが、数年後には私が最も影響を受けたピアニストの一人になっていた。巡礼の旅とでもいうべき心持ちでサンリスを訪れた。まずは聖地とも言える教会に直行した。あれほど訪れたいと思っていた場所だったが、なぜか興奮は起こらず、静かな気持で淡々と見学していた。教会内はシフラよりも、リスト色一式だった。Des canons et des fleurs(大砲と花)と題したシフラの人生を端的に表現したタイトルの伝記を購入した。ブティックにいた老女はシフラ夫人であったと思われ、壁に掲げてあるシフラの長男、ジョルジ・シフラ・ジュニアの肖像画を指差し、シフラの息子だと力説してくれた。3年後、再度訪れた時には教会にその老女はいらっしゃらず、一家のお墓をお参りをすることになった。この町は映画の撮影にも使われた程、静かでメルヘンな佇まいで、中世の面影を残していた。サンリスからの帰り、交通規制があり、電車に乗る予定であったシャンティーの街にはバスもタクシーも入れないということだったので、カフェのおじさんに頼んでタクシーを手配してもらい、Orry la Villeまでタクシーでいき、そこからRER線でパリに帰ることができた。フランスでは鉄道やバスのストライキによる停止だけでなく、街への車両進入が禁止になることもあることを知った。