2008年1月18日誕生日の演奏会
前日はパリ郊外、ナポレオンとジョセフィーヌの居城であったマルメゾン城を貸し切り、現在の城主さんのご好意と親友のお誘いで、パリ在住音楽仲間の送別会兼誕生パーティーに参加していた。ジョセフィーヌの別荘として使われていた時代から残るオーブン等をみせて頂き、暖炉のある大広間で、調整はされていないが、プレイエルのピアノをピアノ弾き達が代わる代わる演奏し、他は各自の楽器を演奏する、何とも贅沢でにぎやかなパーティーだった。
対照的に翌日の自分の誕生日は一人おとなしく過ごした。15の誕生日を迎えた時、二度と戻らぬ幸せだった沖縄での幼少時代を思い出し、郷愁に更けていた。それ以降、毎年誕生日を迎えるたびに、人生を振り返り、郷愁に浸る癖が私にはあった。まだ20代であった私にとって、30を迎えた時程のショックはなかったが、「ながらえばまたこの頃やしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき(藤原清輔)」を暗唱し、予想以上に日々の生活を充実させてしまった事も原因の一つであったのか、肉体的にも精神的にもあまりにも負担が大きく厳しかったパリでの生活を、使命を果たし無事乗り切ることを誓った。
その日はたまたま、シャンゼリゼ劇場でエフゲニー・キーシンがソロリサイタルを開いていた。彼のピアノソロを演奏会場で聴いたのは10年程前に東京で、まだピアノの事をあまり専門的には知らなかった頃以来だった。演奏の細かい部分どこを切り出しても「巧い」と「面白い」が伝わってくるような魅力を感じた。彼の演奏については、録音を聴いた時の感想と同じく、普通の人間とはやや違う思考をもっている印象を受けた。年とともに人間として成長する部分が成長していないと、誰かが批評していたのも納得するが、とにかく圧巻で楽しいから、素晴らしいのである。アンコールの時は2階席から花びらが散り、マダムがステージにブーケを投げ、…le Roi !(よく聞こえなかったが、おそらく「お前は〇〇の王だ!」のようなニュアンスだった)と叫ぶムッシュもいた。ここまで盛り上がったクラシック音楽のライブは初めてだった。