9月1日Rad51がなかなかDNAをねじってくれない

9月1日Rad51がなかなかDNAをねじってくれない

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 南仏で過ごした20日間のバカンスでは、生涯忘れることのできない思い出と刺激、多くの見分と共に、重い疲労をためこんだ。しかし、帰国時期が迫っていたこともあり、パリに戻ると息つく暇もなく実験に戻っていた。

 バカンス前には調子よくDNAをねじっていたRad51蛋白が帰パリ後は一転、なかなかDNAをねじってくれなかった。生物系の実験は、物理や化学と違い、一度成功したからといっていくら正確に実験を再現しても、同じ結果が得られるとは限らないのである。サルであれ、蛋白質であれ、生き物を相手にするので、サンプルごとに個性があり、時には機嫌でも悪いのではないかと思ってしまう程反応しないこともある。仕方のないことではあるが、それだけに、再現性が非常に重要視される。中でも一分子生物物理は、観察が極めて難しいがためこれまで誰も見たことのない一分子の動きを観察するという、極限計測の腕試し勝負とでもいうべき分野である。バカンス前は調子よく実験が進んでいたが、バカンスから戻った後は、実験を中断していたことをあざ笑うかのように、全くといって良い程、実験が進まなかった。サンプルを流し、顕微鏡の2つのつまみを両手でそれぞれ調節しながら、時には4~5時間にわたり同じ姿勢で、ひたすら回っているビーズを探す。それで良い結果が得られそうなDNAつきビーズが見つからなければ次のサンプルで試す。この一連の拷問のような動きをひたすら繰り替えす。それでも、1週間たっても1つもよい結果がえられなかった。目、肩、指と胃が痛くなるが、頭脳は使わないので頭は痛くはならない。
 日本人初のノーベル生医学賞受賞者でもある利根川進先生の名言「研究とは肉体労働である。世間一般で思われているような頭脳労働ではない。」を再認識させられた。