土曜。ギャルドン先生に紹介されたChantal Riou先生のご自宅を訪問し、初めてレッスンを受けた。12歳でパリ国立高等音楽院に入学し、ロン・ティボー国際コンクールで入賞するなど、若き日から活躍されたピアニスト。高齢になってもたくましさに裏打ちされた品格の高さ、絶えず笑顔と愛嬌を絶やさない、映画からでてきたような女性。彼女の立ち振る舞いや話すフランス語は、キュリー研の同僚達と同様、洗練された上流階級のものであり、「小鳥のさえずりのような響き」に例えられるフランス語とはこのことかと思った。彼女の気品と人間性は、生まれの良さだけでなく、おそらく相当な努力をしながら生きてきたことからくるのだろう。
先生のご自宅があるNogent-sur-Marneはとても小奇麗でメルヘンな郊外の住宅地で、近代フランスを代表する作曲家フランシス・プーランクの叔父がかつて住んでいて、その家にプーランクもしばしば滞在していたらしい。プーランクの自伝に出てくる船着き場でよくレッスンまでの時間を潰していた。
リウ先生はギャルドン先生とは元同僚で、演奏技法は全く異なるものの、音楽に対する解釈はどこか似ていた。ギャルドン先生は、自分に時間がない時はしばしばリウ先生を紹介するらしいが、だからこそ安心して生徒を任せられるのであろう。彼女のテクニックは「指で弾く」「真珠のネックレスのような粒のそろった美しい音色」と比喩される、古典的なフランスピアニズムの継承者とも言え、そのピアニズム最後の歴史的大スター、フィリップ・アントルモンにもフォンテーヌブローのラヴェル音楽院で師事したそうだ。
一例であるが、ギャルドン先生と同じく、弱音を出すときに指の先で(指を曲げて)弾きなさい、又は、鍵盤の奥を押すのだとも教えられ、そのあまりに理にかなった奏法・指導法に、論理性と感性が見事に融合した西洋音楽の一旦を垣間見た気がした。彼女らの音楽と指導法は、理論と感性の見事な融合の上に成り立っている。
リウ先生らの演奏技法は、幼少期よりそれ専用に指を鍛えないと、後から学んでも満足に習得できないものであるとも聞いたことがあり、教授頂く音楽の素晴らしさや人間性から抱く先生に対する敬愛の念や、音楽における発見や感動と同時に、その特殊な奏法には終始悩まされることにはなった。